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神頼みが許される人の条件【安治久志】
2026.01/27

会社員時代によくこんな言葉を耳にしていました。
「今回はご縁がなかったですね」
「タイミングじゃなかったのかもしれません」
「神様がまだ許してくれなかったんでしょう」
なぜ覚えているかと言うと
こんか逃げの言葉が嫌いだからせす。
ただ、この言葉自体が悪いわけではありません。
問題は、それを“どのタイミングで使っているか”です。
これは僕たちの仕事でも通ずるものがあります。
神頼みは、「逃げ」にも「覚悟」にもなる
結論から言います。
神頼みが許されるのは、
全部やり切った人だけです。
・診るべきところをすべて診たか
・説明すべきことを丁寧に伝えたか
・技術を出し切ったか
・逃げずに向き合ったか
職業関係なくそうです。
これをやらずに
「神様がどうこう」と言い出した瞬間、
それは信仰ではなく責任放棄になります。
治療の結果は、100%コントロールできない
これは大前提です。
どれだけ腕が良くても
どれだけ誠実でも
治療結果を100%保証できる人はいません。
・回復スピード
・生活習慣
・患者さんの選択
・体の個体差
ここには必ず
自分の力を超えた領域があります。
だからこそ、
治療家は謙虚である必要があります。
ただし、
謙虚と他責は別物です。
神頼みが「他責」になる瞬間
治療家として危険なのは、
こういう思考です。
・うまくいかなかった理由を外に置く
・決断を避けるために神様を使う
・改善点を見る前に運の話をする
これを繰り返すと、
技術は止まり
説明は雑になり
信頼は静かに失われます。
患者さんは言葉にしなくても、
「この人、逃げてるな」
と感じ取ります。
一方で、
本当に信頼される治療家は違います。
・やるべきことはすべてやる
・判断は自分で下す
・結果の責任を引き受ける
その上で、
「ここから先は、人の力を超える部分もある」
と静かに委ねる。
この姿勢は、
患者さんにも自然と伝わります。
説明が少なくても
言葉が多くなくても
安心感が残る。
これが
神頼みが「許される」状態です。
覚悟とは、
強気になることでも
自信満々になることでもありません。
・逃げない
・誤魔化さない
・外に責任を投げない
この姿勢を
日々の現場で積み重ねているか。
患者さんが見ているのは、
理論や資格よりも、
その在り方です。












