みんな違う【瀬上一憲】

2021.03/24

水曜日です。

おはようございます。

 

 

青森のせのうえかずのりこと「あおのりです。」

春の高校野球が始まりました。

地元の高校が出ている試合だと仕事中、
患者さんの了解を得つつ、ラジオを流すというのはありますが。

 

改めて、一人仕事のBGMは、
高校野球に限るな、と。

 

気になりすぎて、仕事そっちのけになることが玉に瑕か。

 

昨夏、夏の甲子園大会は中止となりましたが、
春の出場予定校に限り、一試合ずつの限定で無観客試合が行われました。

 

思い出づくりにと
企図されたのだけれど、盛り上がりという点では
聞いていてもどうもイマイチでした。

 

今大会は、満員の観客というわけではないけれど、
観客の声援が最高の演出効果なのだということを実感しています。

 

 

通勤途上、運転しながら
聞くラジオで面白いことを言っていました。

 

 

その識者曰く、似ている人というのはいても、
全く同じということはないのだとか。

 

 

顔の造りは似ていても、
姿勢が同じではなかったり、仕草が違っていたり、それが個性なのだと。

 

 

それは、楽器の演奏でも同様なのだそうで、
鳴らし方は共通であっても、肺活量も違うし、
吹き方も指の使い方もすべて異なることから、同じ演奏というのはありえないのだと。

 

 

そういえば、西洋人と東洋人では
顔(頭)の骨格にそもそも違いがあるという話を
目にしたことがあります。

 

だから、バイクのヘルメットでも、
欧米系のカッコいいデザインのものを
日本人が被ろうとしても、なかなかジャストフィットすることはないのだそうな。

 

アタマのカタチの違いについてはこちらを参照のこと。

https://www.multilingirl.com/2019/04/cephalic-index.html
口腔の状態も当然違うのでしょうから、
鳴らす音にも洋の東西で、当然違った音がなっているのかもしれません。

 

体に関するシゴトをしていると、
体の状態はまさに十人十色。

 

千差万別であることがよくわかります。

 

理想的な体の状態というのは、
かくあるべし、というのは朧気ながらにも
こんなだろうなというのはあっても、
それが全ての人に共通するとは限らないのでは。

 

 

最近、そう思い始めています。

 

 

そして、人によって、
これで十分というゴールも違いますし。

 

食べ物の嗜好も、
シゴトも容姿も筋肉の付き方も、
姿勢も、癖も、全て違う人たちだらけなのだから、
それぞれにあった体の理想像というものがあるし、あっていいのだと思います。

春の眠気に誘われて、そんな事をふと考えました。